MMDS大阪大学 数理・データ科学教育研究センター
Center for Mathematical Modeling and Data Science,Osaka University

センター長メッセージ

センター長:狩野 裕
センター長:狩野 裕

大阪大学は「数理・データ科学」の先駆者です。教育研究における数理科学・データ科学の重要性を早々に指摘し,数理・データ科学教育研究センター(MMDS)を設置したのが2015年10月でした。MMDSは「金融・保険」「数理モデル」「データ科学」の3つの副プログラムを全学の大学院生に向けて開講しました 。その後,2017年度に文部科学省は共通政策課題として「数理及びデータサイエンスに係る教育強化」を打ち出し,2019年には,首相官邸が中心になりAI戦略2019を纏めました。AI戦略2019では,「数理・データサイエンス・AI」について,文理を問わず,すべての大学・高専生(約50万人 卒/年)が初級レベルの能力を習得すること,大学・高専生(約25万人 卒/年)が自らの専門分野への応用基礎力を習得することが掲げられました。こういった政府の方針は,大阪大学の「数理・データ科学」がモデルとなり,AIの拡大に刺激され,全国の大学と高等専門学校に広げられたと言えるでしょう。

数理・データ・AIとは何か

「自然という偉大な書物は数学の言葉で書かれている」というガリレオ・ガリレイの言葉はあまりに有名です。自然学を数学で記述するという数理モデルの壮大な試みは多くの分野において成功し,ガリレオが生きた17世紀からSociety5.0を目指す21世紀にかけて世界は一変しました。数理モデルは結果の一般化(内挿や外挿)にも強みがあります 。しかし,自然学に限っても数学でそのすべてを記述できるわけではありません。たとえば,日食が起こる日時は何年も前から予測できても,その日の天候を当てることは困難で,日食が雲に隠れて見えないことがあります。数学,特に解析学は現象の理解・記述や予測・制御に極めて有用だけれども,数学の方程式で記述しにくい現象があるのも事実です。そこで,データ科学・統計学の出番となります。数理モデルほど背景理論はしっかりとしていないかもしれませんが,現象のいくつかの性質に基づいてシンプルな統計モデルを構築し,データからその統計モデルを改良していく(データから学ぶ)ことで現実を理解し,その応用として予測や制御が可能となります。インターネットの発展,データをキャッチするセンサーや誰もがアクセスできるデータベースの開発,また,PCの能力が向上したことで,さまざまな統計モデルを構築・推定できるようになりました。これらの発展はAIの拡大・普及にもつながっていきます。また,データ科学・統計学には現代人のリテラシーと言える「データを観る方法」という要素もあります。

AI(機械学習)は,統計モデル以上に事前の情報(モデル)を必要とせず,現象の性質を大量のデータから汲み取っていきます。それゆえ,事前にモデル化し難い(数式で表現し難い)非線形の複雑な関係を記述しやすいという特徴があります。私事ですが,私は,学生時代,卓球部に所属していました。誰でも最初は初心者ですが,1年,2年とトレーニングを積んでいくうちに未経験者とはまったく比較にならないスキルを身に付けていきます。そこでは方程式は認識されず,何回となく経験する成功と失敗によってボールの打ち方を少しずつ学習していくのです。こういった人間の学習を模したアルゴリズムが機械学習です。

このように,数理・データ・AIという並びは,公理と言える第一原理があり数学の方程式が使える分野から事前の情報(モデル)が使えない分野までを一元的に並べたものと見ることができそうです。研究の初期で探索的な段階の研究はAI・データ科学的なアプローチから始まるかもしれませんが,学問の進歩により現象の解明が進んでいけば最終的に数学で記述できるレベルに到達できるものも出てくるでしょう。皆さんが専攻する研究分野の研究方法(methodology)は,この一次元軸のどのあたりに位置するでしょうか。そこを中心に,もし,研究方法のスコープを少しでも広げることができれば,あなたの研究に新たな地平が広がりませんか。

多くの大学で数理・データ・AIは別々の部局で教育研究されています。MMDSは,それらのインターフェイスとなり,数理・データ・AIの間の情報交換をスムーズにすることによってこれらの分野の理論的・応用的な発展を図ります。また,皆さんの研究方法論をリッチにすることを通して融合研究を活性化させ,大阪大学の研究力・教育力の向上を目指します。

2022年4月
大阪大学 数理・データ科学教育研究センター長
狩野 裕