細胞内信号伝達経路に関する生命科学の理論は、ビックデータを用いたキーパス、キー分子の絞り込みを経て、細胞生物学実験による生命動態の検証、生物統計による実験データの管理、評価、分析、システム生物学による統合分析などデータ科学と協働したデータに基づいて構築されます。数理モデリングは、この生命科学の理論を忠実に数式で記述することから始まります。そこには様々なアプローチがありますが、基本となるのは主要な要因を切り取って移動の収支バランスをとる方法です。私は主として常微分方程式系や偏微分方程式系を使いますが、さらに関数関係で縮約した項を加えてマルチスケールモデルを構築することもあります。
私のモデリングは定性的なものにとどまらず、定量性をもつことを目指しています。主要因を切り取って粗視化する分、基本的なパラメータは多くありません。従って多くの場合、これらのパラメータ設定は標準的な実験値の他に、次元解析を適用すれば十分です。モデルの正当性の検証では、真っ先に数値シミュレーションを適用します。シミュレーションによってモデルを一応確定すると、次は数学解析を用い、リモデリングして生命動態を予測することになります。このときも数値シミュレーションによって生命現象を可視化することが重要です。
この場合、空間分布の入った偏微分方程式では、モデルと数値シミュレーションを明確に分けて考えます。粒子を表す主変数は離散的に動かし、揺らぎを加える一方で、環境変数の動向に応じて適用型のシミュレーションをしていきます。このような複雑なシミュレーションをハイブリッドシミュレーションといいます。ハイブリッドシミュレーションは、モデルを文字通りに忠実に数値化するのではなく、その本質をとらえて柔軟な規則で粒子運動や場の形成を構築することが特色です。私はこれまで「統合数理腫瘍学」として、癌細胞の悪性化をターゲットとし、以上のような数理科学の理論の構築や技術の開発に携わってきましたが、さらに本領域「数理シグナル」ではこの方法を拡張し、細胞の内外や、細胞をまたぐ生体階層を貫くイベントを記述し、生命現象を解明する手段として確立していきたいと思います。
研究課題ではNFkB標準経路の分析から始め、現在は、古典モデルの解析によって、信号伝達の振動現象が3成分に縮約された常微分方程式系の簡単な力学系で説明できることを突き止めたところです。今後はシステム生物学の方法や構造解析の成果をとりいれることを模索しつつ、上記の数理解析プランを縦横に駆使して研究を進めていきます。本領域によって、数理モデリングが魅力に富んだウェット研究推進の一助になることが確立するとともに、新しい方向性も見えてくるように、手立てを講じていきたいと思います。
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